内省録

人間的に成長し、大好きな人に認めてもらえるまでの内省を記録します。

定食

今日は勤務後、予備校時代からの友達と一緒に晩御飯を食べに行きました。

彼とは受験・テスト期間を共に乗り切った仲です。そして今日行ったお店は、彼と1回生の春(3月くらい。入学式前。)にテニサーの新歓にいって、その帰りに連れて行ってもらって初めて食べた定食屋さんでした。僕らが初めて訪れた時とは移転して場所が変わっていたのですが、メニューも変わらずやっていました。思えば、京都で初めて食べた大学生らしい定食だったなぁ、という話をして、いろいろな想いがこみ上げてきました。

1回生から今まで、本当にいろんなことがありました。サークル、テスト勉強、就活など、本当に思い返せばいろいろいい経験をさせてもらいましたが、やはり思い返せば「こうすればどうなっていただろう」と重いことも多いです。

 

例えば、自分は法学部に入った時は弁護士を目指すつもりでいました。

ただ、そもそも弁護士を目指した動機は「サラリーマンになって決まった時間に起きて通勤することが嫌で自由に働きたかったこと」と「この大学まできたんだからお金持ちになりたい」という程度のものでした。なので、本当に退屈な法律の勉強を実際に前にすると、生半可な動機しかない自分は一生懸命勉強する気にも慣れませんでした。そうして惰性で生活を続けた結果、ぼくには弁護士になる未来が見えなくなりました。それと同時に、弁護士を目指すのをやめたら将来の自分がどうなるかも見えなくなりました。というか、考えなくなりました。年収1000万は欲しいな、なんて依然として思いながらも「まぁ就活の時に頑張ればいいか」とか「年収が全てじゃないよな」とかを考えて将来を見ないふりしていました。ぼんやりと、1.2回生のあの頃のぼくには、この時間がゆったり流れて余裕しかない大学生活がいつまでも続くものだと思っていました。まさか自分が卒業するなんて、考えてもみませんでした。だから本当に、将来を真剣に考えたことがなかったです。タラレバを言い始めたら本当にきりがなく、定食屋でその友人と話していると「結局、高校の文理選択からもっと真剣に考えればよかったよな」という話になりました。この友人とは考えが似ていて、「人に本当に感謝されることがしたい」とか「お金と時間に余裕が欲しい」とかを考えて、結局医者っていい職業だよな、高校時代になぜ【できない理由】ばかり考えて真剣に将来のことを考えなかったんだろう、という話になりました。まぁでも、結局あのとき文系を選んで浪人してここにきたからこそ、今ぼくはこんなに恵まれた人たちに会えて幸せな時間を過ごせたんです。タラレバでもやもやしつつも、現状に不満があるわけではなく、むしろ満足している。

そんなときに、友達がいった言葉がとても印象的でした。

「結局、タラレバをいって結果だけ見てると満足感が得られないかもしれないけど、本当に大事なのはプロセスなんやとおもう」という言葉。

つまり、タラレバいって「結局医者になったやつが攻守最強」と結果だけ見るのも間違ってはいないが、本当に自分の幸せに直結するのは「自分がどう考えてどの道を選び取るかというプロセス」にこそ幸せがある、ということ。周りに流されて、主体性のないまま医者になるというのも、まぁ結果的には攻守最強なのかもしれないけど、やはりそこには自分で考えて悩んで選んでこそ人生は納得感のある充実したものになる。同じように、ベンチャー企業に行くということが「結果」でみると医者になっていたor弁護士になっていた人生よりも攻守最強とは言えないかもしれないが、自分が悩んで選びとったというプロセスがあるからこそ人生を楽しいと思える。確かにそうだなと思いました。ゲームに例えれば、情強のように攻略本を読んで人生というゲームを攻略して攻守最強にすすめるよりも、攻略本はなくても自分が楽しんで悩んですすめるプロセスにこそ意義があるということ。結果を追い求めるマインドが強く植え付けられたからこそ、自分が忘れている姿勢でした。もちろん、自分が情強になって医者や弁護士になっていた自分に負けない生活を送りたいとは思います。でも、本当に忘れてはいけないのはプロセスも重視して人生を楽しむことだなぁと。

4月から働く上で大事にすべきは絶対にこの言葉です。今日気づけてよかった。このことに気づけたのも、浪人してこの学校のこの学部に来たから。なんて幸せなんだろうと思いました。ぼくは友達や周りの人を大事にして、勝ち組になってみんなを幸せにしたい。本当にそう思います。頑張ろう。

 

明日から合宿に途中参加します。このサークルの最後の合宿、これまでお世話になってきた人たちへの恩返しの気持ちを持って参加します。

内定者の合宿、頑張って下さい。結果も大事、でもプロセスも忘れずに、楽しんで頑張ろう!