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内省録

人間的に成長し、大好きな人に認めてもらえるまでの内省を記録します。

字数

自分自身を記録することの難しさに直面しています。ここ2日の自分の文章を見て、書かれている量がこれだけ短いのかと気付かされました。

考えたことを思うがままに書き出し、冗長になって読みづらくならぬよう削り、意図が伝わりやすくなるよう再構成するという段階を経て最終的に読まれる文章量になります。だから、考えた分よりもスマートな文章量になるのは当然です。それにしても、自分がかけた時間あたりの文章量がこれだけとなると、とても不甲斐なく感じてしまいました。だいたい1つ書くのに短くても1時間、長くて2時間かかります。アベレージで1時間半かけることになります。時間あたりの生産性が低いのだな、と気付かされてどうにかしなければいけないと思い、今日は一人で考えていました。

短さの原因として、何を書くかの構想が不足しているわけではありません。

このブログに何を書くかについては、毎日考えながら生きています。ここに日々の気づきを記録することで、過去の自分がした誠意のない行動を反省し悔い改めたいという意図があります。これまで自分がどれだけ自己中心的で頼りなく大事な人の信頼を裏切ったかについて、毎日の出来事から反省し、学ぶ機会は多くあります。それをここに記録し、日々の行いに反映させていくことが自分を変化させられると考えて続けています。変化と好循環を生むツールとして機能させるために継続しなければいけないと思っています。

 

ではどうしたらいいのか(もっと中身のある記録を残せるのか)というと、外部からの刺激をもっと意図的に取りに行かねばならないと感じます。ルーティン化した毎日(仕事、自炊、読書など内で完結する行為の毎日)ではそうはいきません・・・。ただし、決してルーティン化は悪いことではなく、秩序ある生活の中で自分を見つめ直すにはとてもいい機会で、質としてはいい反省・学びを得られます。でも文章量は減っていく、そこが最大の悩みです。自分の償いとしてこのブログを継続して書き続けることを至上命題においたので、頻度を落とすことはしたくありません。でも、そうすればするほど自分の毎日を切り売りして、薄い文章が毎日生み出されるのかもしれないと感じます・・・。関西支社で仕事を始めたので時間の大半がそこに割かれるようになりルーティン化したので、外部からの刺激を取り入れる時間が減るなかで、自分はどうすべきなのか。解決策のひとつとして、面白くはないけど仕事についての気づきをテーマに書きながら自分の学びとして日々の行いに反映させる方向性しかないのかなぁと思います。

 

書きながら答えが見えてくるかなと思っていたのですが、いまいち答えが出ませんでした。とにかく毎日書くのは大前提で、仕事での新たな発見と、そこから反省した自分のこと・学んで成長できると思ったことを文章量問わず書き続けていけばもっと多くかけるようになるのかなと思って、継続を大事にやっていきます。

このブログがおよそ1200文字です。そして昨日が500文字弱。

500−1000文字を毎日書けば1年間で18万〜36万文字。

アベレージで700文字とすると、1年で25万文字の学びと思考、そして反省と感謝をすることを目指して頑張ります。

21日という区切りの日を前に、定量的に目指す部分を明確にできてよかったなぁと思います。毎月、立ち返る日にしようかなと思います。