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内省録

人間的に成長し、大好きな人に認めてもらえるまでの内省を記録します。

徒然

今日は徒然なるままに神戸の街を歩いた日でした。ずっと気になっていたaga治療の病院に行ったり、新生活に必要そうな服と靴を買いました。自分は、お金が少し絡むと即断できない性格です。未来への投資として自分が納得いくものにお金を払えないと、安物買いの銭失いになるんだなとはわかっていても、数千円する買い物は躊躇してしまいます。この躊躇する気持ちを忘れずに、もっと物を大事にずっと使わなければと思います。どちらかというとボロボロになるまで使い込むほうですが、すぐボロボロにならないようにする努力も必要だなぁとも思います。お金を大切にするというのは、物を買わないということではなく、物を大事にすることなんでしょう。ただ渋るだけの人間にならず、即断でできてかつ物を大事にできる人間になりたいです。とはいえ、aga治療は完全に足元を見ている商売でした。Gacktが広告塔に使われているので信用して訪れたのですが、さすがに悪徳なやり方で人からお金を巻き上げるビジネスだなぁと思いました。こんな仕事でも仕組みさえ作り上げてしまえば莫大な利益を生むというのは、なかなかしょっぱい世の中です。人の悩みはものすごい原動力です。根本的に解決でき、搾取にならない商いをして富を得たいものだなぁと感じられた日でした。
もう明日で大学生としての神戸滞在はラストです。本当に寂しい、実感がなくて怖い。こんな居心地のいい場所に居られなくなるのかと思うと、自分は生きていけるのか不安です。生きていけたとして、本当に大事なものは何か忘れてしまいそうで怖さもあります。
結局、自分にとって本当に大事なものは何なんだろう。。ここにきてわからなくなってきました。働き始めたらわかるのか、わからなくなるのか、それさえもわかりません。なにか本当に大事なものは一つではなく、日々移り変わっていくものなんでしょうか。もしそうなら、それは本当に大事なものではないような気もします。それか、本当に大事なものが日々移り変わるのではなく、自分が移り変わって本当に大事なものが見えたり見えなくなったらするんでしょう。とりあえず早くお金を得て、時間を得て、自分が大事にしたいものに全振りできる人生にしたい。そのためにこの先2.3年は捨てる覚悟で行こうと思いました。


 






管理

自分を心配してくれていることはわかってはいるが、心配するあまり全ての進捗と事情の説明を求めて来る親に腹を立ててしまいます。とてもイライラします。そんな器の小さい自分にも自己嫌悪します。自分のすべてを管理されている気がして、いちいちわかっていることをすべて説明させられたり指示されたりすると、うんざりします。子供のことが心配なのはあるけれど実際は二の次で、結局は自分の不快感というか不安な気持ちをぬぐいたいがために子供に指図するというメンタリティから抜けきれていないんだと思います。任せる、自由にさせる、みたいなことがとても苦手で、マイクロマネジメントしてしまうんでしょう。子離れ出来ていないのと同じな気がします。とはいえそんな親にどんな対応をするのが正解なのか自分でもわかりません。しんどい。

浮遊

朝から引越しして新幹線に乗って東京に乗り込んで、一心不乱に部屋を片付けていました。気づいたら23時を回っていて、そこからラーメンを食べて締めくくった1日でした。
引越しでは段取りの悪さが露呈して、荷物が乗り切らない事態が起きて大変でした。本当に見通しって大事というか、相手がプロだからという理由で過信したら事故る可能性もあるということを身に染みて理解したので、社会人になって同じことをしないよう気をつけねばと思いました。教訓。
新幹線では、本を開く元気が無く、とはいえ通信制限で何も抱かなかったのでKindleでずっと読みたかった本を読んでいたのですが、京都を離れて東京に行くそわそわ感で集中できず、読んで寝てを繰り返す時間を過ごしました。
東京に着いてからは、意味わからんくらい重い荷物を背負って満員電車で気を遣いまくり、道玄坂の坂を登って鍵を受け取ったら遂に部屋にたどり着けました。思ったより前の家に似てる部屋。配置も同じにすると落ち着きがすごいです。トイレも洗面所もキッチンも綺麗。料理もしたいな。前よりはもちろん狭いけど、なんとなくこの部屋に合わせたミニマルな過ごし方を出来るんじゃないかなと思います。着いて早々めっちゃゴミ出てるw
部屋を気に入りつつも、外に出てご飯を食べるとなるととても寂しい気持ちがこみ上げて、逃げるようにラーメン屋に入りました。一度来たことのある有名店。この前食べなかったつけ麺を頼んだら思ったよりおいしかった。でも帰りの道がさみしすぎて、直帰せずにマクドに寄って帰りました。でもなんとなく落ち着かなくて、コンビニでお菓子とココアを買って今ゆっくりしています。
やってること、過ごす空間はほぼ京都と同じ、でもこのナンカチガウ感が拭えない。
さみしさもあるし徐々に慣れそうだから特に問題はないけど、このナンカチガウ感を客観的に観察するとおもしろいです。標準語の声のでかい男、謎の外国人、ギラついたスーツ着たお兄さん。やっぱ関西すきだなと思ったりもしましたが、そんな人は関西でもいる気もして、結局、普段から一緒に過ごす人ってのが人間は1番大事なんでしょう。当たり前だけど今の自分は自信を持って言える。そこの安心感を得てないから今自分はふわふわ浮いてると。早く地に足つけたい。この街に根を張って頑張るしかないです。

卒業

ついに卒業してしまった。 本当に時間の流れはあっけないし、当たり前のような顔をして通り過ぎていきました。今生の別れだったひともいたんでしょう。今生の別れやとおもって今日はいろんな人に話しにいけました。
人生の分岐点がこんなにさみしいなら自分はもう分岐したくないなと思うくらいにはさみしいし、多分その寂しさはそれだけの充実があってこそだったんだなと思います。
思い返せばこれだけいい人に恵まれた自分は幸せで、お金も時間もある中でたのしい気持ちでいっぱいにさせてくれたのは親だし、支えてくれていたのは友達や彼女だったし、なかでも彼女は自分の癒しで、本当に心がぽかぽかしました。今でも大好きです。しんどい思いをさせて今まで本当にごめんなさい。そしてこれまで自分に寄り添ってくれてありがとう。今度は自分が寄り添う番なので、任せてください。必ず、幸せになれるように尽くします。だから見ててください。
振り返れば振り返るほど充実して幸せで、この幸せの無限性を感じられた大学生活でした。でもやっぱり、無限ってないんですね。限られた時間と労力とお金の中で結局ぼくらは生きている。無理をするとしんどくなったりしっぺ返しがくる。でもその刹那を全力で生きようとして、生きてる心地がする。その繰り返しなんだと思います。
全力で人生を楽しみつつ、充実度をあげるにはこれからどうしたらいいんだろうか。それを考えながら生きて行くのが社会人だと思います。
ここからがスタート、頑張ろう。ひとりじゃないし頑張れる!いつもありがとう。

歌詞

大学生最後のお気に入りのお店と、最後(?)のサークル練習に参加してきました。

特別な気持ちで臨んだ日でしたが、自分にとってどれだけ特別でも時間は思ったより普通に流れていくし、明日が卒業式だということが本当に信じられません。

あれだけ苦労して入った大学での生活4年間、本当に一瞬すぎたし、これほどまで好きな人に囲まれて、幸せに楽しいことを考えて過ごせた時間はなかったと思います。もっと本を読めばよかったとは思いますが、それでも縁に恵まれて本当に心地よかった。これから自分は社会に出て、時間とお金の制約のもとで生きていくんだなと思うと少し暗い気持ちになります。それでも、自分らしく満足した生活をおくりたいし、成功したい。そして、成功への道が見えるキャリア選択をしたと思っています。なんとしてもがめつく成功できる道を掴み取りたいと思います。

これまでを振り返って思いの丈をたくさん話したいとは思っていたんですが、いざとなって見れば思うことは「さみしい」「関西を離れたくない」「本当に心地いい時間だった」「京都という街に住むことができてよかった」「縁に恵まれた」「これまでの日常のありがたみ・素晴らしさを知れた」といったことに集約されると思います。自分は死ぬ間際にもこういったことを思うんだろうかと考え出すと心がしんどい。がっつり書きたくもあり、書いてしまうと終わってしまうというか、本当に泣いてしまいそうでつらいです。こうやって文字に起こして締めてしまうことに本当に抵抗感があります。

自分はアニメが好きですが、アニメの最終回を見ることが本当に苦手で、最終回だけ見ていない作品がいくつかあります。その物語を自分のなかで終わらせてしまいたくないから、というのが最も大きな理由です。最終回を見終わって、その世界観が終わりを告げた時の虚無感が本当につらいです。最終回を見てしまった後は、穴を埋めるかのように次のアニメを渇望して、なんとか生きていく、という思春期を過ごしました。その時と同じような気持ちに、卒業式前夜になっています。

でも多分有限の命を生きる人間と、その周りを無情にも均質に流れる時間にとってはこの感情は宿命なのでしょう。この感情に折り合いをつけることはできるんでしょうか。

とにかく自分ができることは、笑顔でお別れをいうことなのかなと思います。

未来に希望を持って踏み出せる環境に身を置いて、再会を待ちながら次のステージで全力を尽くす。もうこれしかないんだと思います。虚無感から次のアニメを渇望していた気持ちを、よりポジティブな気持ちに転化できたら最高だなと思います。

明日は笑顔で迎えます。いきものがかりのYELLという曲の「さよならは悲しい言葉じゃない、それぞれの夢へと僕らをつなぐYELL」という詞がまさに今の自分を励ましてくれる言葉です。悲しいだろうし泣いてしまうかもしれないけれど、笑顔でエールを贈りあいたいです。

改めて卒業おめでとうでした。

空室

あと3日後には京都で過ごしたこの部屋ももぬけの殻になるんだなと思うと本当にやる気が出なくて引越しの用意も進まないし、かといって外に出る元気もない。本当に終わってしまうことがつらいし、東京に行くことも不安になった1日でした。旅行の後だからか、嫌なことがあったからか。。寝て起きてを繰り返してなんとかしんどさを紛らわす日で、卒業前にこんなことになったのは完全に自分の身から出た錆です。

身から出た錆、こんなにも自分に響くことはないし、自分の行動をわきまえなければ日常の幸せも不安に押しつぶされるし、本当の安らぎは得られないです。しんどいです。

明日のご飯を楽しみに、頑張って生きようとおもって頑張ります。

帰還

飛行機で関空に帰ってきました。今バスで京都に向かっています。自分が企画した卒業旅行、3日間でしたが本当にあっという間で、

終わってしまうと本当に寂しいです。

思えばこのメンバーで同じサークルで4年間過ごしてきました。9人中6人しか来れませんでしたが、仲の良い6人でこれで本当に幸せで、こんな旅がずっと出来たらいいのになと思いました。春から別々の場所で頑張ることになって、会う機会もお互いのことを考える時間も減って行くんだろうなと思うと本当に寂しくてつらいです。旅が終わった実感がまだないけど、実感が湧いてくるとどんどん辛くなるんだろうなと思います。

でもなんとなく今回の別れが高校卒業の時よりさみしくない気がしています。なぜだかあんまりわかりませんが、こうじゃないかなという予想はあります。

ひとつは、自分の心が比較的強くなったこと。耐える、ということが昔より出来るようになったんではないかと思います。さみしくても前を向くように心がけてるのもあるはずです。

ふたつは、高校卒業の時より未来志向の人付き合いが出来ていたこと。これからも連絡を取ろう、旅行しよう、みたいな仲の深め方も、遊びの企画も出来た人たちだと思います。気も遣わないし、予算感覚も近いし、面白いものが共通しているのは本当にありがたいし楽です。

みっつは、卒業しても会社で働くことがなんやかんや楽しみではあること。もちろん不安半分楽しみ半分です。でも、社会人生活=楽しくない時間の始まり、みたいに思わずに居れて、ワクワクしながら残り時間を過ごせているのは本当に大きい。関西の支社の皆さんのおかげだなぁと思ってありがたいです。

とはいえ、さみしいもんはさみしくて、その折り合いのつけ方の最善解がぼくにはまだ見えてません。さみしくないよう、さみしくない世界を作ってずっと一緒にいたい人と一緒に居ることができたら最高だなと思います。でも、それって本当に幸せなんだろうか。わかりません。その答えを探し当てるために、やりたいこととお金を得て時間を創出できる人間になりたいと思っています。

旅の締めくくりに自分を振り返ることができて幸せです。いつも見てくれてありがとう。

空港で働く人達を見て思い出していました。春から一緒に頑張ろうね。